渡邊希さん(漆造形家)インタビュー
インタビュー
2021 10/02
UP:2023/01/11
漆の本場で学んだ後、なぜ北海道へ戻って活動されているのですか?
全国の漆産地も周る中、どの産地の人々も地元愛が強い様子を見ていて、地元は原点なのだろうと感じていました。大学院を修了後、青森県の弘前へ移り、津軽塗を学びました。弘前で身につけた技術を北海道に持ち帰り、「こんな工芸があるよ」と紹介することが自分の役割だと思うようになりました。私は実用的な漆器も制作していて、実際に使ってくれている方々の「漆っていいね」というお声があることが嬉しく、器も作る理由です。誰もが日常で漆に触れられるわけではありませんが、創世スクエアの《舞》のように、公共の場に漆の作品があることで、「漆」という言葉が記憶に残り、可能性のある素材なのだと知ってもらうこともできます。大型の漆造形で空間を演出することで、場の景色を変え、建築に色を添える。その情景を見たい一心で作ります。ただ、公共作品の感想を直接いただけることは少ないので、今日のアートコミュニケーターさんからの貴重な「いいね」はとっても励みになります。
北海道で活動されて良かった面はありますか?
北海道では、伝統工芸が盛んではないですが、逆に先入観がありません。会津塗や輪島塗といった地域の伝統産業を背負わなくても、漆の表現を、自然に自由に伝えられる大らかな地域性が新鮮でした。各産地の知恵や材料を学び、良いとこ取りをしてモノづくりをしています。
北海道の自然環境が制作に反映されることはありますか?
北海道のクライアントからご依頼をいただくことが多いので、北海道をテーマにした作品を求められることは多いです。自然はもちろん、地場産業やアイヌ文化、縄文からの歴史に関連したコンセプトで制作することもあります。最近では、地域の土や産業の材料をマチエールにしたり、風土に関するキーワードから着想した作品を制作しています。漆の良さを生かしながら、地域との密着性を表現するモノづくりの提案は、新しいスタイルが生まれていくので面白いです。今後、雪や氷に関する作品や、ひんやりとした印象の作品も作ってみたいです。
また、私の制作環境は、川が流れる音や鳥の声が聞こえ、窓の外は緑豊かな自然に囲まれているお陰で引き篭もりやすく、誘惑も少なく気持ちよく作業に取り組めていると思います。
渡邊希《タイムドラベル》乾漆
©︎ NozomiWatanabe ©︎Fujiko-Pro
漆作品は、曲面からの光の反射が絶妙ですよね。
乾漆技法は、薄くて軽量、三次元曲面を自在に作れる特性があります。造形は、漆の質感が生えるボディを考え、面の移り変わりの滑らかさを最も大事にしています。光は凹面と凸面に吸い込まれて、お互いに反射し合うことで、ボディをより魅力的に見せます。反射するので、写真撮影も照明も非常に難しいです。
液体が滴るような形や膨らみのある波状的な作品が多くあります。それらのモチーフは何でしょうか?
液体をイメージした作品を作っているつもりはありませんでしたが、元は液状である漆そのものの美しさや、艶めかしい質感が映えるようなボディをいつも考えています。硬質な形状も漆黒の静寂な色気が漂いますが、乾漆の場合は特に有機的で曲線を生かしたフォルムが色っぽくて合うのです。
漆は、蜂蜜ほどでもないですが、ドロッとした粘り気のある樹液です。漆の中の塵を取り払うために、吉野紙で濾す工程があるんですが、私は漆が出てくる様子をじっと見ています。不純物が入っていない生々しい清らかな漆が、「このまま固まればいいのに」「この自然の美しさを素のまま作品に転換できたらいいのに」とずっと思っています。
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