渡邊希さん(漆造形家)インタビュー
インタビュー
2021 10/02
UP:2023/01/11
地下歩道から上って創世スクエアに入る壁面に常設されている渡邊希の《舞》という作品に惹かれました。リズミカルな飛翔感があり、自由で元気の湧いてくる作品です。その表面の赤と金色が漆塗りとは知りませんでしたが、人一倍漆にかぶれる作家が、なぜ漆を選んだのか。漆の奥深い魅力も知りたくなりました。
インタビュー日:2022年9月17日 14~15時
場所:スカーツ 2階 会議室
インタビュアー:若原勝二、長沢ちふみ(SCARTSアートコミュニケーター「ひらく」)
東北の大学で漆に魅了されて、現在も漆作品を制作されていますが、肌が荒れるなど大変な思いをしたのに、どうして漆を選んだのですか?
当時の東北芸術工科大学には、建築などのデザイン工学部と芸術学部があり、美術科の工芸に進学しました。私は高校で学び始めていた陶芸を専攻するつもりで美大に進学しましたが、工芸分野には、初めて触れる多様な素材の選択肢がありました。入学当初、初めて漆を触ったら恐ろしくかぶれました。全身がパンパンに熱を保って膨れ上がり、関節が見えなくなるほど腫れ、メンタルがやられましたね。そこまでかぶれる人は中々いませんが、それでも未知の漆に対して「なんか面白いぞ」と一目惚れのような感覚になったのです。
特に惹かれたのは、液体の漆が固まること(固化)によって、「漆が芯や胎になる」性質です。作業服にこぼした液体の漆がガチガチに固まる様子を見て、何でも固めてみたいと思ったんですね。漆といえば、お椀に塗る「塗りもの」という認識でしたので、立体を造形できることにすごく興味が湧きました。樹液が塗料や接着剤となり、漆器から螺鈿、蒔絵など細かい仕事まで出来るという天然の力の多様性にも惹かれました。
「かぶれるからやらない」とは思いませんでした。かぶれは漆の個性でもあり、それでも漆を知りたいと思いました。20年触り続けても未だに漆にかぶれますが、触るほど、新しい気づきばかりです。
渡邊希《舞》乾漆
©︎ Forward Stroke inc. Art direction by TOWN ART Co. Ltd.
他の陶芸、染物などと違う漆の魅力とは何ですか?また、FRPとの違いは何ですか?
やはり、漆の「液体が固まる」という現象が神秘的に思えることです。その独特の質感に生命力を感じるんですね。また、漆は工程が明確で、手仕事で完結することが性に合っている気がします。私が制作する造形は、「乾漆(かんしつ)」という手法で、漆でモノづくりをすることにこだわっています。漆に可能性を感じるからこそですが、結果、漆ならではのモノが生み出せるんですね。
「なぜ漆を使うのか?」と訊かれたら、私にとっては漆に勝るものがないからです。漆はとにかく軽いんです。無害でありながら耐久性があり、繊細なラインが造形できます。漆塗膜は水分を含んでいて、心地良い口当たりを感じ取ることができます。手にした時のしっとりとした感触、軽やかさ、保温性、修理ができることなど、漆ならではですね。
FRP(繊維強化プラスチック)という素材は、硬化時間も早く、大型の造形が可能で屋外に対応でき大変便利ですが、その利便性を上回り、「漆」の地味な作業を重ねていくことに意味を感じています。実は学生の時に、漆のオブジェを固定する金具を、FRPでつけたら早いと安易に思って、作品内部に付けたことがありました。そうしたら、自分でも予想していなかったのですが、涙が止まらなかったんですね。「単純に美しくない」当時はそんな感覚だったと思います。見れば見るほど嫌でモヤモヤしていたら、教授に「取れば?」と言われ、金槌で「カーン」とやったら呆気なく「パコーン」と取れ、心身リセットされました。見えない部分であっても、当時の若い私にとって許せなかったんですね。今思えばゆくゆく接着の痩せもくるし、私の場合は、むしろ漆でやった方が早いんですが、漆の知識やメカニズムもよくわかっていないながらも、確かに取り憑かれていたんだと思います。ただ、その感覚は結構大事だったように思います。
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