劇団風蝕異人街「ザ・ダイバー」

劇団 風蝕異人街 ザ・ダイバー

シアターZOO
演劇

2021 07/09

2021 07/11

UP:2021/08/22

これまで鑑賞した野田秀樹の芝居とは何かが違うと思いながら観ていて、それが、いつもの言葉遊びに溢れた台詞が無いことだと気づいた。同音異義語や語呂合わせ、ダジャレなどがふんだんに盛り込まれ、それがそのやり取りにリズムを生むと同時に、多様な言葉が響き合って、作品の世界が広がっていく。劇作家・野田秀樹の芝居の特徴の一つだ。しかし、それが今回は、ない。観劇後チラシを見ると、この「ザ・ダイバー」という作品はもともと、野田が外国人の劇作家とともに英語で書き下ろしたものとのこと。そのあたりの制作の事情が、いつもとの違いに反映しているのかもしれない。

では、得意の言葉遊びを盛り込んだ台詞を封じて、その作品世界を広げるために、どのような手法が用いられたのか。それは、この芝居に他の物語、例えば「源氏物語」や能の「葵上」、「海人」などを盛り込んで、言葉ではなく物語を響き合わせ、作品の世界を広げるというやり方だ。

幕が上がってすぐに、能面をつけた人物がすり足で登場する今回の演出は、この芝居の、そうした構造を的確に捉えて強調したものだったことは、まず疑いえないだろう。そして、この能がかりの演出は、ふたつの面白い効果を生んだ。

ひとつは、精神分析医と能のワキとの類似が強調されたことだ。能という芝居は、シテという主人公が物語る話を、ワキという相手役が聴くという構成になっている。また、シテは多くの場合、この世に名残や恨みを残した亡霊や生霊だ。そうしたシテがワキに物語ることで、その荒れた魂は静まっていく。または、その苦悩を開放するためにワキはシテの話に耳を傾ける。これが能という芝居の基本的な構成だと言える。

「ザ・ダイバー」は、放火犯である女に責任能力があるのか判断するために、精神分析医が彼女の話を聴くという形でプロットが進む。そのなかで、この医者は、その人物の心の奥に潜り込み、抱えた苦しみを表面化させる。精神分析医もワキも、相手の話を聴くことで、深い苦悩を抱えた心を解き放つ役割を担っている。現代の物語と古典が重なり合って、人の心の苦悩が、時代を越えて普遍的ともいえる有様で迫ってくることになる。

能がかりのもうひとつの効果は、演出における身体表現に表れていた。演出家・野田秀樹の芝居は、役者の激しい動きが特徴だ。とにかく俳優たちが、舞台を走りまわりながら芝居をする。アングラ劇団の異人街も、激しい身体表現を特徴とする。しかし、それは野田演出のような躍動感があるものというよりも、地を這うような、痙攣するような動きだ。若干の牽強付会を承知で言うなら、それは近代的な身体の運動よりも、すり足に代表されるような前近代的な能の動きに近いものだろう。

この芝居のクライマックスとも言える、女の嫉妬を表現するシーンは、台詞のやり取り以上に、身体の動きで、その凄まじさを表現していて、非常に印象的な場面になっていた。能を取り入れることで、この劇団の得意とする特異な表現を、現代の物語のなかで思う存分に披露することに成功していた。

こうした的確であると同時に、如何にも風蝕異人街らしい演出とともに、放火犯の女を演じた高城麻依子と精神分析医役の三木美智代の迫真の演技もあり、とても見ごたえのある上演だった。

鑑賞データ
日時:2021年7月10日
場所:シアターZOO

「ザ・ダイバー」
作:野田秀樹
演出:こしば きこう
風蝕異人街

朝日泰輔

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朝日泰輔