「4分33秒」を「聴く」 〜カティア・ブニアティシヴィリ「ラビリンス」鑑賞レポート

『ラビリンス』カティア・ブニアティシヴィリ

音楽CD
その他音楽

2020 10/09

UP:2020/10/20

 

グルジア出身のピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリの最新アルバム「ラビリンス」を聴きました。まずは多彩な曲目に驚かされます。バッハ、スカルラッティといったバロック音楽から始まり、ショパン、リスト、ラフマニノフなどを経て、リゲティやペルトといった現代音楽、更には、モリコーネやゲンズブールまで。まさに何でもありで、ともするとキワモノ的な印象を与えかねませんが、それぞれの曲の個性を深く掘り下げて、強い感情移入を持って表現するその演奏は本当に素晴らしいものでした。

しかし、このアルバムで特筆すべきは、ジョン・ケージの「4分33秒」が含まれていることだと思います。1952年に作曲されたこの曲は三つの楽章からなっていますが、どの楽章も、ただ休止のみが指示されているだけ。つまり、演奏者は楽器から一音も音を出しません。もともと明確な楽器指定すらないようで、ピアノで「演奏」される場合には、ピアニストは4分33秒の間、ピアノに向かって座っているだけということになります。ですので、つまりこのCDには、4分33秒の無音の状態があるということになります。

これは曲なのでしょうか。そもそも音楽と言えるのでしょうか。そうした問が自ずから湧いてきますが、作曲者であるジョン・ケージの意図は、「音楽ではないような音楽」を提示することで、聴く人に音楽とは何かということを深く考えるさせることあったのだと思います。それは、美術品とは思えないようなマルセル・デュシャンの「泉」を鑑賞して、美術とは何かということに思いを巡らせる経験に似てると言えます。

また、この曲は、私達がいかに多くの音に囲まれて生きているのかを気づかせてくれます。「4分33秒」がもたらす静寂に集中することで、身の回りの物音に耳を澄ますことになるのです。CDを聴き進め、この曲が始まってから、私にはいろいろな音が聴こえました。部屋の外からは、道路を歩く人の靴の音や鳥の声。部屋の中からは、電化製品のラジエーターの音。そして、スピーカーからも、録音スタジオ内の物音が微かに聴こえてくるような気がします。普段なら雑音や騒音と考えてしまう音が、なんとも個性的で面白く聴こえてきます。

この「4分33秒」を含めて、実に多彩な曲目と魅力的な演奏を楽しむことができるこのCDは、音楽は好きだけどクラシックには馴染みがないという方に、是非お勧めしたい一枚です。

鑑賞データ
日時:2020年10月13日
演奏:カティア・ブニアティシヴィリ(ピアノ)
CDタイトル:「LABYRINTH ラビリンス」(Sony Classical)

朝日泰輔

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