折笠 良「水準原点」を鑑賞して

ことばのいばしょ

札幌文化芸術交流センター SCARTS(札幌市民交流プラザ1-2階)
アート

2020 08/22

2020 09/22

UP:2020/12/21

砂色の波が絶え間なく迫ってくる。いや、自分が水平線に向かって進んでいるのだ。全体的に灰色がかったその映像は昭和のモノクロ映画を思い出す。海は冷たそうだ。季節は冬なのだろうか。押し寄せる波のペースが速くて落ち着かない。これから何が起こるのか、どこに向かっていくのか、無機的な音楽とあいまって漠然とした不安とあせりを感じる。

これが、作品冒頭の私の印象だった。

折原良の作品「水準原点」は、石原吉郎の同名の詩を題材にした粘土アニメーションである。

前半は次々と波が向かって来る様子を水面に近い目線で見る。途中から、あちらこちらで変則的に波しぶきがあがる。これは岩にぶつかっているのだろうか。それとも魚が跳ねているのだろうか。再び規則的な波に戻る。

画面が暗転し、後半は鳥の目線で空から波を見る。波の間から文字が浮かびあがる。文字は波紋を生み、新たなうねりと渦を作る。しかし、後から来る波に消されてしまう。再び文字は浮かび、消えてゆく。その繰り返し。そこで浮かぶ文字こそが石原吉郎の詩、「水準原点」である。前半で見たしぶきは文字が浮かんでできた波だとわかる。前半と後半は異なる視線で同じ景色を見ていたのだ。

石原吉郎は戦後詩の代表的詩人である。シベリア抑留の経験があり、それを文学的テーマに昇華したと言われる。シベリアでの経験は想像を絶する程過酷であったに違いない。極寒の地で自由を奪われ、明日をも知れぬ毎日に不安と絶望を抱えていたのではないか。戦争という抗うことのできない大きな波にのまれ、声には出せない理不尽さにさいなまれながら、それでも彼は心の叫びを失わなかった。生きることを諦めなかった。身体的な自由は拘束できても、心まで奪うことは誰にもできないのだ。
大きな波に消されても、消されてもなお浮かび上がってくる文字には強さと悲しみが込められている。そう感じた作品であった。


写真クレジット
photo:リョウイチ・カワジリ
提供:札幌文化芸術交流センター SCARTS

平井美紀

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平井美紀