ー戯曲は難解だった。でも考える力を頂いた。ー
劇団民藝「山猫理髪店」
2005 06/16
|ー2005 06/30
UP:2020/11/16
幕が開いた。古風な理髪店。
親爺は偏屈で、その昔、おかみさんをカミソリで切ったという噂があって、地元の客はほとんど寄り付かない。だから店は一向に流行らない。その代わり、流れ者や海峡の彼方にある国に密航しようとするものが、時にそこを通過する。
戦時中、北海道の炭鉱から逃げてきた朝鮮人の男も、理髪店の鏡に自分の過去と現在を、現実の左右をとり違えて写し出され、親爺の知らない男の顔が・・・徐々に明らかになっていく。
不可解な出来事に登場人物が翻弄される不条理劇は、具体的な状況説明のないままに物語は進んでいく。親爺が真面目にしゃべればしゃべるほど、両者の間には、大きなギャップが生まれ、親爺は浮いた存在となる。自身が不条理な世界というより、男との会話の中から不条理な世界が浮かび上がってくると言ったほうがいい。この理屈に合わない、摩訶不思議な世界こそ、別役戯曲の真骨頂「不条理のあやかしさ」である。これが実におかしくて、楽しくて、爆笑に次ぐ爆笑を呼んだ。
幕が開いた。床屋は取り壊され、今は流しの散髪屋。
電柱の下に道具を並べて客を待つ、お馴染みのシチュエーションであるが、別役流の底知れぬ怖い笑いと人びとの生死の問題(朝鮮人強制連行や中国人が暴動を起こした花岡事件、そして日本の敗戦を知らず逃げ続けた脱走兵)は、次第に私の肩に重くのしかかり失速した。生々しい問題を取り入れた意欲作ではあるが、すべてを抱え込むには無理があるように感じた。
そもそも、別役実という劇作家は一体何者だろうか。
画家、数学者、詩人・・・マルチの顔を持つ彼は超一流建築家? それとも宇宙人?別役語ともいえるさりげない台詞のやりとりの中に、理髪店を訪れる得体の知れない人々の会話から、閉ざされた暗い秘密と、恐怖が明かされていくこの作品に、珍しく戯曲と演出両方が未消化のまま、私の胃袋に残った。
日本を代表する劇作家・別役実氏が今年3月にお亡くなりになりました。演劇界に遺して下さったものは計り知れません。ご冥福をお祈りいたします。