“グレートマザー”よ甦れ
本郷新記念札幌彫刻美術館 彫美連続講座(第2回)
2019 09/29
UP:2019/10/02
もう9年ほど前の話です。
札幌で暮らすことになって間もなくのころ、北海道の歴史を調べていて、「北海道に弥生時代はない」と知った時の驚きは、今でも強く心に残っています。さらに、北海道には、約7,000か所の縄文時代の遺跡があり、1万年以上も前から、道内のいろいろなところに人々が暮らしていたことを知り、「この北海道に!」と信じられない想いでした。
北海道にある唯一の国宝は、道南の函館市南茅部地区から出土した「中空土偶」です。そもそも、土偶はなぜ作られたのでしょうか。なぜ頭の髪と両腕は、お墓に埋める前に壊れていたのでしょうか。そして、土偶の表面の模様は一体何を表しているのでしょうか、等々。次からつぎへと、疑問と興味が湧いてきたのを覚えています。
さて、本日の講演では「立体造形の歴史について」と題し、講師・北海道大学文学研究院特任准教授の今村信隆氏から、私の好きな縄文の土器や土偶、足型付土版の話を聞くことが出来ました。
縄文の土器は土で下から作りあげ、上に行くほど飾りを付けるという足し算の考え方で作られていて、極めて空間的な構成になっているそうです。また「火焔型土器」と呼ばれるものは、約5、300年前の縄文中期の約500年の間だけ作られたそうです。煮炊きや食料保存の他に、「容器に使い勝手の良さを求めるのではなく、使い勝手を犠牲にしてまで容器にどうしても付託せねばならぬナニカがあった。」(小林達雄『縄文の思考』より)を引用しながら、先生は問いかけます。
次に全国に5つしかない国宝の土偶の話に移ります。中でも有名なのが長野県茅野市の棚畑遺跡から出土した「縄文のビーナス」。集落中央広場のやはり墓中からの発見で副葬品とみられ、女性の強さ、たおやかさ、そして造形美を追求した圧倒的な姿に魅了されると語ります。注目すべきは人の顔をデフォルメしているという点。「人に見える」と「人には見えない」の境界には、「不気味な谷」があることを、縦を「感情的反応」、横を「人間の類似度」とするグラフを使って説明します。「動き」と「見かけ」、その両者は人と関わるロボット工学の世界にも通じ、アンドロイドの話まで発展していきました。
最後は足形付土版の話しです。これは子どもの成長を願って足形や手形が作られたと考えられているそうです。紐を通すための穴があけられていて飾っていたのではと推測されます。或は不幸にして亡くなった子どもの形見としてもあったのかもしれません。もしそうであれば、「ある」から「いる」を作るように「形に託して残す」ことで、生命のともしびを左右するような情念が入り込んでいて、本当は子どもを立派に育てたかったという母の強い思いを感じずにはいられませんでした。
縄文時代の人々の暮らし方も考古学の成果で次第にわかってきています。その一つの特色として「自然との共生」を挙げています。自然を畏れ、自然の恵みに感謝し、自然を壊さない暮らし方は、現代社会が抱えている問題解決のヒントを提示しているかのよう見えます。多くの人がなぜ、縄文に惹かれるのか、少しわかったような気がしました。今年もあと3か月、縄文人のように自然を愛し、人を愛し、自由に好奇心の赴くまま、アンテナを伸ばしていこうと思います。