「淀川長治映画塾」を読んで
『淀川長治映画塾』
1995 02/01
UP:2021/03/13
今の世の中で、「あなたは評論家ですね」と言うのは、おそらく悪口になるのだろう。すなわち、批判ばかりで何もしない人という意味で。しかし、本当の評論家というのは、わたしたちが気づかなかった作品の魅力を教えてくれる人だ。それは、新しい作品を作るのに等しい創造的な営みだと思う。
そんな評論家として、淀川長治さんの名前をあげたなら意外に思われるだろうか。あまりにもテレビでお馴染みだったので、失礼ながら、すごい評論家には見えないかもしれない。しかし、アテネ・フランセ文化センターで行われた講義録をもとにした本書を読んでいると、淀川さんの映画に対するユニークな見方に気づかされる。
例えばこんな一節がある。
「テーマがよかったら褒めるんですね、みんな。日本の評論家は。いいテーマは誰でも考えられますよね。それをつくるのが映画ですね。テーマを褒めるんだったら、映画観なくてもいいんですよ。やっぱり映画は肉がついて動くのが映画ですね(P517)」。
つまり映画において、「何が」描かれているのかではなく、「どのように」描かれているかが大切だということだろう。家族愛や平和が描かれているから良い映画なのではなく、どういう表現でそれらが描かれているかが重要だということだ。そんな表現の例として、セットの作りの見事さ、さり気なく置かれた小道具、なめらかなカメラワーク、俳優たちの繊細な表情など、映画には美しいものがたくさん詰まっている。なにも難しいことを言っているのではなく、淀川さんは、映画のいろいろな要素をもっと楽しもうと誘ってくれているのだ。
そんな豊かな映画の見方を、淀川節とでも言いたくなる名調子で伝えてくれる本書を読む度に、こんな含蓄に富む評論家が毎週末の夜に映画を語っていた、かつての日本の文化的なレベルの高さを羨ましく思う。
『淀川長治映画塾』
著者:淀川長治
発行元:講談社
発行年:1995年