普通の人でいたいけど、やりたいのでしょうがない。
谷口顕一郎さんインタビュー
インタビュー
2021 10/02
UP:2023/01/11
二次元へのこだわり、三次元の謎
――道路のひび割れや傷をトレースし、パーツとして切り出した後で、現地に戻ってはめ込むということをされていますよね。この「実際の凹みにはめ込む」という作業は、制作の工程としてはなくても支障がないようにも思えるのですが…。
支障ないです、本当に(笑)。
――(笑)。それでも制作工程に組み込むことには、行わないと作品に影響するなどの理由があるのでしょうか?
自分の中で儀式のようになっているんですよね。やらなかったら…、締め切りに追われていてやらない時もあるんですけど(笑)。そういう時はやっぱりスッキリしません。凹みに感謝じゃないですけど、なぜだか僕のルーティンになっています。カチャッとはまった時の快感だけではなくて、はめ込んだ時に凹みの真上から写真を撮るんです。それ自体を「凹みフィッティング」という作品にしているということも続けている理由ですね。彫刻をつくった後、またそれを広げて凹みにはめ込むというバージョンもあります。
凹みフィッティング – 凹みにはめ込む –
Sprinkenhof, Burchardstr.6, Hamburg, DE
2019, 14.5 x 89.3 cm
© Ken’ichiro Taniguchi Sculpture Studio
Photo by Felix Amsel
画像引用元:https://kenichirotaniguchi.com/hecomi-study/hecomi-fitting
――ひび割れや傷には凸凹や厚みなどの奥行きがありますが、形だけを抜き出して平面にすることへのこだわりはどういうものなのでしょう?
絵画を勉強していたので、頭の中も二次元でものを捉えることに慣れているんですね。ですから凹みを見る時も、自動的に自分の目は凹みの深さではなく輪郭だけを辿っている。そういうこともあって平面で捉えているんですが、奥行きを見てみたらどうなのかと、凹みにシリコーンを流し込んでみたこともあります。いわば「凹みの銀歯」みたいな。でもちょっと僕にとっては重々しくて、もう少しポップでおもちゃみたいな軽いものがいいなと思いましたね。やってはみたものの、やっぱり興味があるのは二次元でした。
――厚みや深さを排除することで何かが見えてくるというよりは、最初から形や輪郭に目が行くのでしょうか?
それはどちらが先か分からないですね。二次元にしか興味がなかったのか、無意識に排除しているのか。どうなんだろう…。自分の中にインプットされた絵画のクセみたいなものが影響しているのだと思います。
――谷口さんの作品は、蝶番を付けた後に平面のものを畳んで、立体として展示されているという点がとても魅力的に感じます。
なぜか二次元にしか興味がないくせに、今度は二次元を畳んで三次元にしたがる。なんでこんなことになっているのか、自分でもよく分からないです。でも同じようなことを 20 年以上続けているので、何かしらの理由はあるのかなと思っています。
「凹み」で食べていく
――ひび割れなどをトレースする作業については恥ずかしいと仰っていたり、安全ベストを着用して作業員を装ったりもされています。
凹みを探している時、トレースしている時、はめ込んでいる時ってすごく変な人なんです。下を見てうろうろしている変なおじちゃんみたいな。
凹みをトレースする
Blue Line Grand Station, Av.W.Grand, Chicago, US
2013, 121 x 49 cm
© Ken’ichiro Taniguchi Sculpture Studio
画像引用元:https://kenichirotaniguchi.com/hecomi-study
――はめ込む時はとくに怪しい目で見られそうですね。
ええ。普通の人でいたいので、そこが難しいんですけど…。
――(大笑)。
でも、やりたいのでしょうがなくて。地面ならまだいいんですが、壁だとトレースしている時に落書きをしているように見えちゃうんです。だから気づいたら警察に囲まれていることもあって。本当に、できれば何もしないで凹みを手に入れたいんですけど、そうはいかない。
――そういう苦労があってもなお、「凹み」にこだわり続けるモチベーションは何なのでしょう?
「凹み」って “凹み道(どう)” みたいなものなんです。茶道、華道、柔道、弓道とか、日本ではいろんなものをそうやって呼びますよね。それぞれに膨大な道があって、いろんなやり方やアプローチがある。僕にとって “凹み道” は、それに匹敵するような奥深さがあるんです。僕がやっているのは、まだ1つのアプローチでしかありません。まだまだ広い世界があって、それに気づいているのは僕だけで、自分がやらなくて誰がやるんだと。放っておくのはもったいないという気持ちもあります。こんな道路の凹みを作品にして売るなんて(笑)、すごく面白いことをやっているんですよ。少年がみる夢みたいなピュアな気持ちを失わずに続けていきたいなと思っています。
もう1つ、この「凹み」を追いかけるということは僕の職業だと思っているんです。漁師さんが魚を獲ったり、八百屋さんが野菜を仕入れたりするように、僕は「凹み」を見つけて加工して、魅力的なものにして売る。ヨーロッパに来て、そんなふうにシンプルに職業として捉えられるようになりました。最初はもちろん、「凹み」なんていうもので食べていくのはなかなか難しかったですが、それでも、そういうことも引っくるめての “凹み人生” みたいな(笑)。モチベーションというか、続けないと生きていけないので。
――谷口さんの「凹み道」に対する使命感みたいなものも受け取りました。
そうですね。自分に勝手に課しています(笑)。人生と、僕の生活と職業と、収入も全て「凹み」に絡んでいるんです。それを僕は妻と、まるで旅みたいだと思っていて。“世界凹み旅” だと。
(了)
書籍紹介 『世界凹み旅』文:谷口 彩子、ブログ:谷口 顕一郎、発行:かりん舎
谷口顕一郎
1976年札幌生まれ。北海道教育大学札幌校芸術文化課程絵画科卒業。札幌とドイツ・ベルリンを拠点に活動する彫刻家。
自然と人間の境に見つけた痕跡を「凹み」と呼び、世界各地で収集・アーカイブすることをライフワークとしている。その凹みの形に、折りたたむ、回転させる、ねじるなどの動きを加え、3次元の可動彫刻を制作している。札幌市民交流プラザ(2018)やオランダ司法省新築ビル(2012)等にて公共彫刻の設置を手がける。第1回本郷新記念札幌彫刻賞受賞(2015)。ポロック=クラズナー財団(2017)や日本文化庁新進芸術家海外派遣制度(2008-2010)の研修員。主な展覧会に、アムステルダム国立美術館、ロッテルダム美術館、A4美術館(中国・成都)、テジョン美術館(韓国・大田)、コーダ美術館(オランダ・アペルドールン)などがある。