To be or not to be

札幌座 第35回公演「瀕死の王さま」

シアターZOO
演劇

2012 08/04

2012 08/20

UP:2021/03/26

フランス不条理劇作家のウージェーヌ・イヨネスコは風変わりな芝居を書いた。その中でもこの「瀕死の王さま」は、最も筋の通った「まともな」芝居と言われている。

とはいえ、例えばこの劇の幕開きを思い出してみると、やはり変わっていた。
衛兵が口上で登場人物の一人、国王を呼び出す。王は呼び出しに登場するが、その足で何も言わずに別の扉からすぐに退場する。次に衛兵は、第一王妃の名を呼ぶ。王妃も登場してすぐ消える。こうして次々に主要人物が紹介される。つまり伝統的な演劇とは最初から逆の手を使っていた。

伝統的な演劇では幕が開くと、まず登場人物が誰なのか、話し相手が誰でどういう関係か、問題は何かなどを、対話を通して観客に知らせるのが普通である。戯曲構成上の「提示」とか、「導入」などと言われるものだが、イヨネスコはこの「説明ぜりふ」を最初から退け、一般にはすぐには理解されないような工夫を凝らした。

「瀕死の王さま」は、人間の自我の限界を扱った悲劇だが、喜劇的要素を盛り込んだ明快な作品である。死期が迫った王さまの、生や名誉に執着する哀れで滑稽な姿を通し、人間のたわいもない日常の生の喜びを描いている。
つまり、一方で死への恐怖感や強迫観念がこの作品には充満しているが、他方では「死」から見つめた「生命」のいとおしさをいきいきと伝え、だからこそ、私たちにその「生」に執着し、「生」の喜びを是が非でも味わってほしいというメッセージを発しているように思える。

私たちの「死」の一つの象徴として、この王の死に方が描かれているが、実際、他人ごとだった「死」が、我がことのようになった2020年。私たちの身の回りでも、思いがけず感染症に倒れた人たちが少なくなかったのではないだろうか。
その処方箋ともいうべき自らの実践を通じ、「足元の小さな幸せこそ、大切にせよ」と、私たちに教えてくれたのは、その尊さを再認識した王さまである。

Kazuko Tanaka

レポート

Kazuko Tanaka