近美コレクション鑑賞レポート
友田コレクション「西洋版画の名品」
2019 11/19
|ー2020 03/15
UP:2020/04/12
思いがけない贈り物がやってきた。それは道立近代美術館で開催されている「西洋版画の名品」展の友田コレクション。詩人で児童文学者の友田多喜雄氏が50年かけ私財を投じて名品を買い集めた名品を美術館に寄贈した。その数2千点超。一度にこれほど膨大な寄贈を受けるのも美術館始まって以来という。いずれも近現代の版画史に残る第一級の名作ばかりだが、特にルオーの作品は充実している。
中でも「ミセレーレ」は全58点からなるルオーの代表作だ。今回展示はその一部になるが、直線に並ぶモノトーンの連作は穏やかで美しい。しかし、黒く太い輪郭線で描くのは人々の深い孤独や苦悩だ。たとえば遠い街灯りを背景に枯れた木の下で佇む母と子。画面いっぱいに顔の描かれたキリストはその目を静かに伏せ、なお底辺の人々を見つめているようだ。社会的弱者のある状況は今も変わらない。ルオーが描く貧しさや、傲慢、矛盾。それらは今も私達の中にあって、時に辛辣な描写には心が揺さぶられる。
一方、同じルオーの作品「ユビュおやじの再生」(全22点)は風刺に溢れた世界を描いて賑やかだ。画商のヴォラールが当時人気だった寓話の続編を書いた。ミセレーレの出版を切望していたルオーに、ヴォラールはその挿絵を交換条件として出したという。そんなエピソードも相まって、ユーモラスな絵は不思議な魅力を醸し出す。真摯に版画と向き合うルオーが、滑稽な寓話に奮闘する姿を想像するのも楽しい。
友田氏が収集を始めたのは、東京から下士別に入植し苦労の生活を送っていた頃という。本屋で偶然ミセレーレが載った雑誌を見て衝撃を受けた。収集に有利とはいえない環境にあって、一点でもいいから本物をという強い思いがコレクションを少しずつ育んだ。それはミセレーレの一枚一枚に思いを込めたルオーの姿と重なる。孤独な収集の過程で、ルオーは氏の夢であり慈しみであっただろう。
本展では450点あまりの版画が公開され、前後期で全入替えになる。ぜひ二度三度と訪れたい。 友田氏が思いを懸けた作品たちは、みる人に語りかけ考えさせてくれるに違いない。氏はコレクションの全点展示を強く希望されていると聞き、今後に続く公開も待ち遠しい。