蜷川実花展 ―虚構と現実の間に―

蜷川実花展 ―虚構と現実の間に―

札幌芸術の森美術館
写真

UP:2021/08/22

写真家、映画監督として多彩な活動をしている蜷川実花の展覧会が「虚構と現実」をテーマに開催された。展覧会場までの渡り廊下の両側の窓ガラスにはカラフルな花や昆虫、人物などの絵がアクリル板のような透明なものに描かれていた。その映像が日差しを通して映っている廊下を歩いていると何故か夢の世界へ入っていくような雰囲気に包まれた。

先ずはクローズアップされた色鮮やかな花々の作品に圧倒された。この中で一番印象的だったのは花にアゲハチョウや幼虫、蟻、カブトムシ、カマキリなどの昆虫が必至に葉を食し、花の蜜を吸っている作品であった。短い開花の期間に必至に生きようとする昆虫の命を繋ぐ懸命な姿。次は床や壁が満開の桜の作品で埋め尽くされた空間。中には拡大した花弁もあり、自分が桜の木の中に入っている昆虫に変身したかのような錯覚に陥る。著名人やスポーツ選手などの個性的な肖像写真のコーナーでは、現在活躍中の有名人たちもいずれは散る満開の花に思えた。スター達の憂いの目は美しさの中の現実か青空に映えて枯れない鮮やかな造花は虚構の中の美しさなのだろうか。花に関する展示の最後は、目黒川に散って流れる桜のやや抽象的な花びらの様々なシーン。輝きながらも最後は散る儚い生き物のようでもあり、何時までも輝く銀河のようにも見えた。最終章は父であり偉大な演出家であった蜷川幸雄がこの世を去る直前の風景と思い出の記録。仕事をしながら父親の介護をしていた作者はこのとき新たな命を身ごもっていた。命の儚さと成長の夢を作者のセルフポートレートの作品から身近に感じた。

散るまで数日という桜の短い一生でも元気であれば毎年見ることが出来る。しかし、今年はコロナの影響で花見を楽しむことができなかった。死に際にも桜を見たいというほど桜好きの作者の思いのこもった桜の部屋では花見以上の気分を十分に味わうことが出来た。花と虫との命のリレーや作者自身が体験した人の命の循環に感動し、無情の世の中で儚くも美しい数々の命の姿を冷静に観ることができた。

若原勝二

レポート

若原勝二