映画『今宵、212号室で(原題:CHAMBRE 212)』を 鑑賞して

今宵、212号室で(原題:CHAMBRE 212)

映画
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2020 09/09

UP:2020/11/05

ありきたりな色恋沙汰や夫婦の危機の結末を物語る作品ではなかった。現実的な深いテーマを軽妙でコミカルなタッチで脚色し、実にウィットに富んだストーリー展開と発想は先読みできない面白さ。新感覚でありながら劇中には数々の懐かしいシャンソンの名曲が流れて重厚な印象も混じり合う大人のドラマに仕立て上げられていた。

上映87分間のファンタジーの夢から覚めた直後、型にはまっていた人間関係の壁が一気に崩れ落ちていた。自由奔放な主人公の人妻マリアが体験する奇妙で不思議な一夜。現在の夫、20年前の姿をした夫、夫の初恋相手のピアノ教師、現在と過去のあまたの恋人がマリアの前に現れ、現在を軸にして過去を振り返ったり未来へワープしたりする『たら・れば物語』。時空を超えて繰り広げられる物語の主な舞台は、マリアと夫が住むパリ・モンパルナスのアパルトマンと夫と距離をおこうと一夜だけ逃げ込んだ真向かいのホテル。

『今宵、212号室で』というタイトルにも示されているように、ストーリーの時間と場所は限定されており舞台劇を観ているようだ。事実、次々と飛び交う台詞は細部に至るまで洒落が利いていて俳優たちの力が際立っていた。何より、自由に生きるマリアは愛らしく、奔放の中に見え隠れする芯の強さと覚悟で恋多き人生ということにも妙に納得だ。

実際、マリアを演じた女優キアラ・マストロヤンニの父はイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニ、母はフランスの国民的大女優カトリーヌ・ドヌーブ。正真正銘の血統書付きだ。目元はどこか父を彷彿させ、タバコをふかす横顔には母の風貌や貫禄が垣間見える。何かと背後が付きまとう女優ではあるが、本作で魅惑的ヒロインを見事に熱演し第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀演技賞を受賞。一人の女優として目が離せない。現在の夫役には人気ミュージシャンでキアラの元夫のバンジャマン・ビオレ。配役も本作の見どころで映画ファン必見だ。

Maki Tanaka

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Maki Tanaka