存在という深い愛
札幌座第56回公演「棲家」作・太田省吾 演出・斎藤歩
2019 10/10
|ー2019 10/14
UP:2019/10/16
この物語は数本の柱とわずかな床のほか、ほとんど解体されてしまった家に、夜ひとりの老人が訪れるところから始まります。
・・・酒をね、飲んでるよ 乾杯だよ
・・・乾杯だ どこかに、印でもつけたい気持ちだ、ここで、生きましたってさ
・・・俺たちの家が、おわる 太田省吾作 「棲家」より
ひとが出会い、ともに暮らし生活を営むこと、そのものを切なく美しく、そしてちょっぴり寂しく描くこの作品に、東京から文学座の坂口芳貞・札幌座の看板女優・西田 薫・磯貝圭子が今回のぞみました。
テーマは長く暮らした家の記憶をめぐる夫と妻の対話です。
老女・・・お布団、すこしくっつき過ぎていません?
老人・・・そうかね
老女・・・そんなことないかしら
老人・・・そういえば、少しそうかもしれないな
老女・・・少し離しましょうか
老人・・・うん・・・そうだな 「棲家」より
坂口芳貞と西田 薫の老夫婦。娘が磯貝圭子。この舞台にはことさらの演出はありません。坂口と西田が縁側に坐って淡々と話すだけの芝居です。しかし斎藤歩ワールドは健在でした。途中「白ヤギさんからお手紙着いた。黒ヤギさんは読まずに食べた。」の童謡をふたりで繰り返えす場面があったのですが、いつものおふざけかと思いきや、これが実にイイのです。これが成功したと思います。さらにチェリスト土田英順のバッハ「アリオーソ」の劇中曲もすばらしく、ふたりの真価を細大もらさず、聴かせ、感じさせる憎い演出が隠れていました。
妻に先立たれた老人が長年すんだ家の建てかえ中の現場にきて、亡き妻と会話を交わすだけの、特に波乱の無い平凡な人生をふたりで思い返すだけの、その平凡さの真実が、夫婦のことさら荒げることのない静けさのなかで、しかも愛に溢れ、砂に水が浸み込むようにじわじわと静かな感動を呼びおこさせてくれました。
この劇のおかげで太田省吾の「ゆったりとしたテンポ」のよさを再発見しただけでなく、名優の域にはいる坂口芳貞(御年80)の矍鑠たる役者魂を観ることができ、嬉しい一日になりました。
いつまでもお元気でご活躍ください。