『真説カチカチ山/ロングクリスマスディナー』インタビュー
教文オペラ オペラ公演「真説カチカチ山」「ロングクリスマスディナー」
2019 12/14
|ー2019 12/15
UP:2019/11/03
札幌の社会人オペラ団体「LCアルモーニカ」さんが、来月12月に札幌市教育文化会館で公演を行います。飯田隆作曲「真説カチカチ山」と、ヒンデミット作曲「ロングクリスマスディナー」の2本立ての上演なのですが、この公演の演出家である三浦安浩さんにインタビューをさせていただきました。舞台芸術であるオペラにおける演出の意義について、オペラ初心者にも分かりやすく、とても興味深いお話をお聞きすることができました。
インタビュアー/スタッフ:朝日泰輔、山際愛、八木澤つぼみ
インタビュー受け手:演出家 三浦安浩さん
オペラにとっては楽譜が「台本」です。音楽に沿った演出が求められます。
三浦安浩さん
朝日:先生はオペラの演出をされていらっしゃいますが、一言で「演出」といっても色々な種類があると思います。テレビドラマの演出ですとか、映画の演出ですとか、お芝居の演出ですとか。その中で特にオペラの演出で一番重要な部分、気にしなくてはいけない部分を、何かひとつ教えていただけないでしょうか。
三浦:オペラの場合、楽譜が台本になります。今回の2作品は日本語での上演ですが、一番重要なのは、ドイツ語や日本語で書かれた歌詞だけではなく、音楽の部分も台本の一部として読まなくてはならないという事です。歌い手も当然それをやるわけですが、演出家がそこのところを読めないといけません。
例えば、お芝居との大きな違いは「間合い」です。お芝居の場合、間合いは台詞にあります。何かひとつの台詞を聴いて、驚きや悲しみ、発見のような何かがあり、その次の台詞が返ってくる、そういうキャッチボールになっています。
オペラの場合、そこには音楽が書かれています。AさんがBさんからひとつの言葉を受け取った時の、Aさんの感情みたいなものを、作曲家が音楽に書いていったりするわけです。ですから、作曲家が元にある台本をどう読んで音楽を作ったのか、あるいは作曲家は台本作家と共同作業をするのですが、どのような展開を作るために楽曲を書いたのかをあらかじめ読んでおく必要があります。そうしないと、音楽に沿った演出はできません。ここが大変難しいところではないかなと思います。
また、今回の作品(『真説カチカチ山/ロングクリスマスディナー』)では、小規模ではありますがオーケストラが伴奏しますので、複数の楽器の音が入っています。その場合演出家はあらかじめ、どこでどういう楽器が使われていて、それがどういう音色なのかという事を知っておかないといけません。そういった準備をしておかないと、作曲家や作った人の意に添うことはできない。そのあたりもなかなか難しいのかなと思います。
もうひとつ難しいポイントは、オペラの場合、登場人物を表現する人は歌手、つまり歌を歌う人ですよね。しかし特にオペラの場合、単に歌うだけではなく、多くの人に、しかも言葉が聴こえるように歌わなくてはなりません。そのためには歌い手に高い技術が必要ですが、理想的には、そうした歌手への理解がないとオペラの演出はできません。
リハーサル中の三浦さんの様子
朝日:やっぱり、歌いやすい動きといったものも意識するんですか?
三浦:そうですね。これはもうバランスで、歌がきれいに歌えればいいのかというと、必ずしもそうではありません。例えば登場人物が激しい思いに囚われているとしたら、その人は冷静ではないはずです。冷静でなければ、大概のんきに歌なんて歌っていられない。しかしオペラの場合、そういう場面でも冷静に声を出して歌わなければ、激しい思いに囚われている人を音楽として表現する事はできません。歌い手にはその冷静さが必要なので、時には歌をちょっと忘れて、こういうときだったらどういう風になる?ってことを演出家がやらせながら、だんだんその人が理想的に歌えるようにしたり、そういう作業が必要になります。
僕がオペラの演出をやっていて一番面白いなって思うのはそこのところです。「裸になる」とよく言うのですが、単純に歌い手が自分を取り払って他人を演じていく、これだけでも面白いことです。しかし、歌を歌うということは、自分から離れた楽器を演奏するのとは異なり、自分の中のメカニズムを自分で把握しない限り絶対に歌えないんですよね。自分をコントロールして声を出さなければなりません。だから、自分ではない人を演じながら、同時に自分のことをすごく冷静にコントロールしなきゃならない。ある意味ですごく矛盾しているこの部分が、オペラをやる中で一番面白いところじゃないかと思っています。
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