劇団風蝕異人街「エレクトラ」 鑑賞レポート

札幌劇場祭TGR参加作品 劇団風蝕異人街「ギリシャ悲劇/エレクトラ」

ターミナルプラザことにPATOS
ミュージカル演劇

2019 11/08

2019 11/10

UP:2019/11/16

風蝕異人街は寺山修司作品をレパートリーの柱にしている所謂「アングラ劇団」ですが、その一方で、ギリシャ悲劇の上演にも力を入れています。前衛と古典、一見すると不思議な組み合わせのようですが、実際の舞台を観ると、とても相性がいいことがわかります。その理由は、寺山作品とギリシャ悲劇とが同じ人間観のうえに成り立っているかではないでしょうか。

「我思う、故に我あり」というように、確固たる「わたし」が存在していて、その「わたし」が、自分の生の様々な局面において、主体的に自由な選択をして生きている。やや単純化しすぎかもしれませんが、これが、わたしたちが普通に考える人間観ではないでしょうか。しかし、寺山作品やギリシャ悲劇においては、生まれ持った宿命や運命から逃れることはできない人間の姿が強調されます。あたかも、宿命や運命との葛藤こそが人間の真の姿だと言わんばかりにです。

今回の公演で特に印象的だったのは、俳優さんたちの身体の動きです。もちろんセリフの応酬も聴きごたえがあったのですが、舞踊劇かと思うほど、身体表現によって物語を伝えるということを意図していたと思います。しかし、その身体表現は、バレエのような流麗さはもちろん、日常的な動作からも遠く離れたものでした。それは、激しく身体をねじまげ、地面にのたうち、ぎこちなく立ち上がり飛び跳ねる、そんな動きです。この劇団の寺山作品上演の際にもそうした身体表現はよく用いられるのですが、その何かに抗うような身体の動きそのものが、まさに、宿命や運命というものに対峙する人間の姿を現しているようで、大いに感動を覚えました。

今回の公演は、前衛と古典が一つになって、「人間の根源の姿」を舞台のうえに表現した、風蝕異人街ならではの素晴らしいものでした。今後この劇団が、この「両輪」をどのようにまわして表現を深めていくのか、興味は尽きません。

朝日泰輔

レポート

朝日泰輔