アストル・ピアソラの音楽

音楽CD

音楽

2021 05/28

UP:2021/05/28

クラシック音楽というと、モーツァルトやベートーヴェンなどの有名な曲を繰り返し演奏しているというイメージがあると思います。確かに、演奏会のメインの曲といえば、圧倒的にそうした有名曲が多いので、それはあながち間違いではないのですが、一方で、クラシックのレパートリーは日々更新されているのも事実です。まず、現代の作曲家達によって書かれた曲が、毎年たくさん初演されています。また、他ジャンルからクラシックのコンサートで演奏されるようになった曲も多くあります。映画音楽などはその一つの例ですが、ジャズやロックの曲でさえ、今では演奏会の曲目にあがることは珍しくありません。

そうした異ジャンルからの参入で、ここ数十年で最も人気を集めたのは、アルゼンチン・タンゴの革命児と言われたアストル・ピアソラの音楽ではないでしょうか。今年は生誕100年という記念の年ということもあり、国内外のオーケストラをはじめ、様々な器楽奏者のコンサートでも、いつも以上に彼の曲が取り上げられています。

アルゼンチン・タンゴのコアなファンの中には、そうした状況に眉をひそめる方もあるかもしれません。クラシックの奏者による演奏なんて、本物のタンゴではないと。また、「レパートリーに入れてあげたよ」と言わんばかりの扱いに、かえってクラシック側の権威主義を感じて、それが鼻につくという方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、ピアソラ・ブームとも言える現象は、純粋に、ピアソラの音楽の素晴らしさが、ジャンルを越えて演奏家たちの情熱をかき立て、客席を魅了した結果だと思います。そのブームの先駆とも言うべき、バイオリニストのギドン・クレーメルによるアルバムのタイトルが、「アストル・ピアソラへのオマージュ」だったというのは、まさにそのことの象徴とも言えるでしょう。

なぜピアソラの音楽は、ここまで聴く人の心を捉えたのでしょうか。その一つの理由は、音楽に込められた、感情表現の激しさではないかと思います。愛と孤独、怒りや哀しみ、そして歓喜。彼の音楽は、こうした感情を強く訴えてきます。しかも、そこにある種のダンディズムというべき美学が一筋通っていて、ただ泣き叫ぶのではない、孤高のリリシズムを湛えている。クラシック音楽の新曲の中には、曲のコンセプトはたいそう立派なのに、音楽としてちっとも面白くないという曲も、かなりあります。そんな「能書きばかりのゲージュツ」が、激しい情熱と孤高の抒情を伴った生命力に溢れる音楽の前に蹴散らされたのは、当然のことと言えるでしょう。

音楽には、いい音楽とわるい音楽の二種類しかない。そして、ピアソラの音楽は前者である。月並みな言い方ですが、そう言わざるを得ません。生誕150年も200年も変わらず、いやむしろ、更に多くの演奏家と聴衆を、その音楽は魅了し続けることでしょう。

鑑賞データ
特に以下の二枚のCDを聴きながら、上記の鑑賞レポートを書きました。

「タンゴ・ゼロ・アワー」アストル・ピアソラ
(ピアソラ音楽の最高の演奏者はピアソラ自身。スタジオ録音による代表作。)

「アストル・ピアソラへのオマージュ」ギドン・クレーメル
(ピアソラ音楽の魅力をタンゴ・ファン以外にも知らしめ、今日のピアソラ・ブームの火付け役となった一枚。)

朝日泰輔

レポート

朝日泰輔